2026年4月から養育費のルールが変わりました|合意書と公正証書の違いを解説

離婚するときに、養育費について取り決めをしておくことは非常に重要です。
しかし、
「相手とできるだけ関わりたくない」
「公正証書まで作らないと意味がないの?」
「養育費を決めても、払ってもらえなくなったらどうするの?」
といった不安から、養育費について十分な取り決めをしないまま離婚するケースもあります。
令和8年(2026年)4月1日から、養育費に関する民法のルールが大きく変わりました。
特に重要なのが、「法定養育費」の新設と、養育費への「先取特権」の付与です。
これにより、養育費について何も決めずに離婚した場合でも一定額を請求できる制度が設けられたほか、父母間で養育費について書面で合意していれば、公正証書を作成していなくても、一定の範囲で給与や預貯金などの差押えを申し立てることができるようになりました。
今回は、令和8年4月から変わった養育費のルールと、養育費の合意書と公正証書をどのように使い分ければよいのかを解説します。
なお、この記事で「公正証書」と記載する場合は、原則として強制執行認諾文言付きの公正証書を指します。
1.離婚しても子どもに対する扶養義務はなくならない
父母には、子どもを扶養する義務があります。
民法817条の12第1項では、父母は、子どもが「自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない」と定められています。
この義務は、父母が離婚したからといってなくなるものではありません。
また、民法766条では、離婚する際には、子どもの監護に必要な費用の分担などについて父母の協議で定めることとされています。
つまり、離婚後に子どもと一緒に生活しない親についても、引き続き子どもの生活を支える義務があります。
離婚した元配偶者とは、できるだけ関わりたくないという方も少なくないと思います。
しかし、養育費は子どもの生活や成長を支えるためのお金です。
そのため、離婚する際には、できる限り養育費について具体的な取り決めをしておくことが重要です。
2.養育費を決めずに離婚しても「法定養育費」を請求できるようになった
令和8年4月1日以降に、養育費について取り決めをしないまま協議離婚した場合には、新たに「法定養育費」を請求することができるようになりました。
法定養育費とは、離婚のときから引き続き子どもの監護を主として行う父母の一方が、もう一方に対して請求できる暫定的な養育費です。
金額は、
子ども1人につき月額2万円
です。
例えば、対象となる子どもが2人であれば月額4万円となります。
法定養育費は離婚の日から発生し、原則として、
・父母が養育費について合意した日
・養育費についての審判が確定した日
・子どもが成年(18歳)に達した日
のうち、最も早い日まで発生します。
なお、離婚した月や法定養育費が終了する月については、日割りで計算されます。
ただし、支払う側が、支払能力を欠いていることや、支払うことで生活が著しく窮迫することを証明した場合には、全部または一部の支払いを拒むことが認められています。
法定養育費について、あらかじめ知っておきたい点が3つあります。
① 令和8年4月1日より前に離婚した場合は対象外です。
法定養育費の制度が使えるのは、施行日以後に離婚した場合に限られます。
② 自動的に支払われるものではありません。
法定養育費を受け取るためには、子どもを主として監護している親から相手方に請求する必要があります。
③ 支払われない場合は、先取特権を利用して差押えを申し立てることができます。
法定養育費も、後述する養育費の先取特権の対象に含まれています(民法308条の2)。
また、この月額2万円は「養育費の相場」ではありません。
あくまでも、父母間の協議や家庭裁判所の手続によって養育費が定められるまでの暫定的・補充的な制度です。
父母の収入や子どもの人数・年齢などによって適切な養育費の金額は異なるため、それぞれの事情に応じた養育費を別途取り決めることが重要です。
3.ひとり親世帯と養育費の現状
養育費の確保が重要である背景には、ひとり親世帯を取り巻く経済的な問題があります。
厚生労働省の令和7年国民生活基礎調査によると、子どもがいる現役世帯のうち「大人が1人」の世帯員の相対的貧困率は44.7%となっています。
また、令和3年度全国ひとり親世帯等調査では、母子世帯のうち養育費について取り決めをしている割合は46.7%、現在も養育費を受けている割合は28.1%です。
父子世帯では、養育費について取り決めをしている割合が28.3%、現在も養育費を受けている割合は8.7%となっています。
この数字からも、養育費について「取り決めをすること」と「実際に支払いを確保すること」の両方が重要であることが分かります。
4.これまでは差押えのために公正証書などが必要だった
養育費について取り決めをしていても、途中から支払いが止まってしまうことがあります。
任意に支払ってもらえない場合、最終的には相手方の給与や預貯金などを差し押さえて回収することを検討することになります。
これまで、このような強制執行を行うためには、原則として「債務名義」と呼ばれる公的な文書を取得しておく必要がありました。
債務名義とは、相手方に支払義務があることを公的に証明し、強制執行を申し立てる根拠となる文書のことです。
例えば、
・強制執行認諾文言付きの公正証書
・家庭裁判所の調停調書
・審判書
・判決書
などです。
そのため、父母だけで養育費について合意書を作っていても、その書面だけを使って差押えを申し立てることは原則としてできませんでした。
しかし、令和8年4月から、この点について大きな変更がありました。
5.公正証書がなくても差押えを申し立てられるようになった
令和8年4月1日から、子どもの監護費用について「先取特権」が認められるようになりました。
先取特権とは、法律上定められた一定の債権について、債務者の財産から他の債権者に優先して支払いを受けることができる権利です。
養育費について認められた先取特権は「一般の先取特権」と呼ばれるもので、特定の財産だけを対象とするものではありません。
養育費について父母間で合意し、その先取特権の存在を証する文書があれば、その書面を提出して、原則として相手方の住所地を管轄する地方裁判所に給与や預貯金などの差押えを申し立てることができます。
つまり、
「養育費を差し押さえるためには、必ず公正証書を作らなければならない」
というわけではなくなったということです。
ただし、どのような書面でもよいわけではありません。
誰が誰に対して、どの子どものために、いつからいつまで、毎月いくら支払うのかなど、養育費の存在と内容を証明できる書面として作成しておく必要があります。
また、先取特権の対象となるのは「確定期限の定めのある定期金」です。
簡単にいえば、「毎月○日までに○円を支払う」など、継続的に支払う養育費について、支払期限を明確に定めておく必要があります。
「支払時期は別途協議する」といった曖昧な定め方では、先取特権を利用できないおそれがあります。
なお、この先取特権に基づく新しい手続の対象となるのは、令和8年4月1日以降に発生した養育費です。
施行日前に離婚していた方や、施行日前に養育費について合意していた方でも、令和8年4月1日以降に発生する養育費については、先取特権を利用することができます。
一方、施行日前に発生していた養育費については、この先取特権に基づく差押えを申し立てることはできません。
6.先取特権で差押えができる金額には上限がある
先取特権によって保護される養育費の金額には上限があります。
上限は、子ども1人当たり月額8万円です。
そのため、対象となる子どもが1人であれば月額8万円、2人であれば合計月額16万円が上限となります。
養育費がこの上限を超える場合、超えた部分には今回新設された先取特権は及びません。
ただし、超えた部分の養育費がなくなるわけではありません。
強制執行認諾文言付きの公正証書などの債務名義を取得していれば、先取特権とは別に、その債務名義に基づいて強制執行を申し立てることができます。
つまり、公正証書を作成することで先取特権の上限が増えるのではなく、先取特権の対象とならない部分についても、別の方法で強制執行できるように備えておくということです。
7.養育費の合意書には何を書けばいい?
父母間で養育費の合意書を作成する場合には、少なくとも次の事項を具体的に定めておくことが重要です。
・養育費を支払う人と受け取る人
・対象となる子ども
・毎月の養育費の金額
・支払いを開始する時期
・支払いを終了する時期
・毎月の支払日
・振込先などの支払方法
そして、合意した内容を明確にするため、双方が署名・押印して書面として残しておきます。
特に、「毎月の支払日」と「終了する時期」は、あいまいにしないことが大切です。
「毎月末日限り」「毎月25日限り」など、支払期限を明確にしておきます。
終了時期についても、「大学を卒業するまで」のような書き方では、いつ終了するのかについて後から争いになる可能性があります。
「令和○年○月まで」「満22歳に達した後の最初の3月まで」など、客観的に判断できる形で定めておくとよいでしょう。
実印による押印や印鑑証明書の添付は、法律上の必須要件ではありません。
しかし、後になって「自分は署名していない」「その内容には合意していない」などと争われるリスクをできるだけ減らすため、当事者間で合意書を作成する場合には、特に養育費を支払う側について、自筆で署名し、実印で押印したうえで、印鑑証明書の交付を受けておくことをおすすめします。
8.自分たちで合意書を作るメリット
父母間で合意書を作成する大きなメリットは、手続が比較的簡単なことです。
例えば、内容について合意できていれば、書面を郵送して双方が署名・押印する方法も考えられます。
そのため、離婚後に元配偶者と直接顔を合わせることをできるだけ避けたい場合にも利用しやすい方法です。
また、公証人手数料がかからず、合意がまとまっていれば比較的速やかに書面を作成できることもメリットです。
令和8年4月から養育費に先取特権が認められたことで、このような父母間の合意書の重要性は従来よりも大きくなったといえます。
9.自分たちで合意書を作る場合の注意点
一方、自分たちで合意書を作成する場合には注意点もあります。
まず、養育費の金額や支払期間などが曖昧だと、後から内容について争いになる可能性があります。
また、養育費が先取特権によって保護される上限を超える場合、超えた部分には今回新設された先取特権は及びません。
その部分についても強制執行に備えたい場合には、公正証書などの債務名義を取得しておくことを検討する必要があります。
また、今回新設された先取特権は「子の監護の費用」を確保するための制度です。
財産分与や慰謝料についてまで、父母間で作成した私的な合意書だけで同じように差押えができるわけではありません。
さらに、私的な合意書の場合には、後になって合意の成立や内容について争われる可能性も考えておく必要があります。
そのため、
「私文書でも差押えを申し立てられるようになった=公正証書が不要になった」
というわけではありません。
10.合意書と公正証書、どちらを選べばいい?
令和8年4月の改正によって、養育費については父母間の合意書でも、先取特権を利用して差押えを申し立てることができるようになりました。
両者の主な違いを整理すると、次のとおりです。
| 父母間の合意書(私文書) | 強制執行認諾文言付き公正証書 | |
|---|---|---|
| 差押えの根拠 | 養育費に認められた先取特権 | 公正証書という債務名義 |
| 養育費 | 先取特権によって保護される金額には上限がある | 公正証書で強制執行の対象とした金銭の支払義務 |
| 入学金などの一時金 | 単発で支払う一時金は、通常、先取特権の対象となる「定期金」には当たらない | 強制執行認諾の対象として適切に定めれば対象となり得る |
| 慰謝料・財産分与 | 養育費の先取特権の対象外 | 強制執行認諾の対象として適切に定めれば対象となり得る |
| 費用 | 公証人手数料は不要 | 公証人手数料が必要 |
| 手続 | 郵送等でも作成可能 | 公証人との事前調整や必要書類の準備が必要 |
| 後から争われるリスク | 合意の成立・内容を争われる可能性がある | 公証人が関与するため、合意の成立等を争われるリスクは低くなる |
そのため、例えば、養育費が先取特権によって保護される範囲内で、父母間で養育費の内容について争いがなく、養育費以外の金銭給付について強制執行を予定していない場合には、当事者間で合意書を作成する方法も選択肢になります。
一方で、次のような場合には、公正証書を作成することを検討した方がよいでしょう。
・養育費が先取特権によって保護される上限を超える場合
・進学時の入学金など、単発の一時金の支払義務を定める場合
・慰謝料や財産分与などについても強制執行に備えたい場合
・後から相手方が合意の成立や内容を争う可能性が高い場合
なお、入学金などについて単発で支払うことを取り決めた一時金は、通常、先取特権の対象となる「定期金」には当たりません。
公正証書を作成する場合には、公証人との事前調整や必要書類の準備、公証人手数料などが必要になります。
これに対し、当事者間の合意書であれば、郵送等によって作成することも可能です。
どちらが適しているかは、養育費の金額だけではなく、相手方との関係や、養育費以外の離婚条件なども含めて判断する必要があります。
11.大切なのは「決めること」だけではなく「払われなかった場合」まで考えること
養育費について話し合うときには、「毎月いくらにするか」に意識が向きがちです。
しかし、本当に重要なのは、その約束が将来守られなかった場合にどうするかまで考えておくことです。
令和8年4月からは、法定養育費の制度が始まり、さらに養育費に先取特権が認められたことで、養育費を確保するための選択肢はこれまでより広がりました。
特に、養育費について父母間で作成する合意書にも、差押えにつながる重要な意味が生まれています。
一方で、私文書で十分なのか、公正証書まで作成した方がよいのかは、それぞれの事情によって異なります。
離婚時には、「養育費を決めたから終わり」ではなく、支払いが長期間続くことを前提として、将来不払いになった場合まで見据えて取り決めをしておくことが大切です。
【ご注意】
本記事は令和8年9月29日時点の法令等に基づく一般的な情報提供です。具体的な事案によって取扱いが異なる場合があります。
【参考】
・法務省「民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)について」
・法務省「Q&A形式の解説資料(民法編)」
・民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令(令和7年法務省令第56号)
・厚生労働省「令和7年国民生活基礎調査」
・こども家庭庁「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」

